会長声明

いわゆる共謀罪(テロ等準備罪)法案の廃案を求める会長声明

平成29年5月15日 いわゆる共謀罪(テロ等準備罪)法案の廃案を求める会長声明

1 政府は,過去3回にわたり,「共謀罪」創設を目指す法案を国会に提出したが,いずれも廃案になった。
その理由は,①犯罪の結果発生に至った既遂の処罰を原則とし,実行の着手前の予備・陰謀はもとより,実行の着手に及んで未遂となった行為でさえも例外的な処罰対象としてきた従来の刑事法体系と,600以上もの犯罪について一挙に共謀罪を新設することとの整合性,②「共謀」という難解かつ多義的な概念を構成要件とする規定が罪刑法定主義の原則に抵触する可能性,③国連越境組織犯罪防止条約批准の条件として立法が必要である旨の政府の説明に対する疑義などの問題点が多くの国民から指摘されたためであり,これらの点については,当会も繰り返し会長声明を発表して共謀罪成立に反対してきた経緯がある。
すなわち,廃案となったかつての「共謀罪」法案は,国民の思想・言論活動や団体活動の自由等の人権を過度に制約しかねないという危険性を感じさせるものであった。
2 今般,政府は,「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画」罪(政府による通称「テロ等準備罪」)を組織犯罪処罰法第6条の2として新設する法案(以下「本法案」という。)を国会に上程し,現在,衆議院で審議が行われている。
政府は,本法案上程に当たり,犯罪主体を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と限定し,対象犯罪を277に絞り込み,「共謀」ないし「計画」に基づく「準備行為」を処罰条件として付加するなどの修正を加えた。そして,衆議院において,政府側は,「今回は処罰対象を組織的犯罪集団に明確に絞った。」,「一般人を処罰対象とするものではない。」旨説明している。
3 しかしながら,これらの修正によっても,従前の「共謀罪」法案について指摘されてきた人権保障に関する問題点が解消されたと評価することはできない。
第一に,これまでの既遂処罰を原則とする刑事法体系に,絞り込まれたとはいえ277もの多くの犯罪類型について実行の着手以前での処罰を可能とする構成要件が規定されることによって,刑事法体系にもたらされる影響の大きさが危惧される。
この影響は,実体法の領域を超えて手続法の領域にまで及ぶ可能性があり,「共謀罪」の捜査・立証のために必要な「環境整備」として,国民に対する監視を強めるような方向での法整備に進んでいくのではないかということが強く懸念される。
第二に,本法案における「計画」,「資金又は物品の手配,関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」などの文言の具体的な内容が,必ずしも明確なものではないことが挙げられる。
ある「謀議」について,どの程度の内容と成熟度があれば本法案における「計画」に該当すると認定されるのか,外形的には,社会生活における日常的な行為と何ら区別が付かないような行為について,それが本法案における「準備行為」に該当するか否かがどのように認定されるのかに関しては,極めて不透明である。
このように不明確な構成要件の下で,国民は,捜査機関による認定が適正になされるか否か,不当な捜査の対象とされないかどうか,などの点について,常に不安や緊張を強いられ,思想・言論活動や団体活動が萎縮するような風潮を生じさせかねない。
第三に,本法案における犯罪主体についてであるが,「組織的犯罪集団」との認定に当たり,常習性や反復継続性は要求されておらず,もともと適法な活動を目的としていた団体が,突然,捜査対象とされる可能性が否定できないとされている。
第四に,国連越境組織犯罪防止条約を批准するために本法案成立が必要であるとの点については,同条約において「締結国は,それぞれ国内法の基本原則に基づく立法上,行政上の措置を執れば良い」旨の規定がある。したがって,そもそも,新法の創設が必要不可欠なものとはされていないことは明らかである。
また,現行法には,刑法における殺人,内乱,放火等の各犯罪や,破壊活動防止法,凶器準備集合罪等のテロ行為に関連する可能性がある犯罪類型について,既に予備罪の規定が存在しており,このような法整備の状況からしても,本法案を成立させるまでもなく,上記条約の批准が可能であるように思料される。この点についても,政府が明確に説明しているとはいいがたい。
なお,今般,本則に「取調べやその他の捜査について,適正の確保に十分配慮しなければならない。」と明記し,付則に,「取調べの録音・録画(可視化)と,衛星利用測位システム(GPS)を活用した捜査の在り方についての検討」を規定する修正案が提出されつつある状況にあるが,このような修正によっても,違法な捜査を事前に抑止することが可能となるかどうかは不透明といわざるをえない。
したがって,このような修正により,本法案に関する諸課題が解決されたものともいえない。
4 テロリズム集団等による組織的犯罪を未然に防止し,人の生命・身体という最も重要な法益を保護することの必要性が高いことはいうまでもない。
しかしながら,その手段として本法案を成立させることが必要不可欠であると得心できるような十分な説明や議論が尽くされていない状況の中で,むしろ,日常生活における国民の諸活動を制約し,憲法の保障する基本的人権を侵害しかねない本法案を成立させることについて,当会は,強く反対する。

以上

2017年(平成29年)5月15日
高知弁護士会
会長 西森 やよい